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福岡高等裁判所 昭和28年(う)2804号 判決 1954年1月27日

控訴人 被告人 鄭明国

弁護人 諫山博

検察官 佐藤麻男

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四十日を被告人の原判決の刑に算入する。

理由

弁護人諫山博が陳述した控訴趣意は記録に、編綴されている同弁護人及び被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点の(一)について、

一九四八年一二月一〇日第三回国際連合総会において採択された人権に関する世界宣言第十三条第二項には、人はすべて自国を含むいづれの国をも立ち去る権利及び自国に帰る権利を有する旨宣言しており同宣言が世界各国の準拠すべき普遍的な原則の一つであること並びに国際連合の構成国家でない日本国においても憲法第二十二条は、何人も公共の福祉に反しない限り居住、移転、及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない旨右世界宣言の条規と同趣旨の規定をしていることはまことに所論のとおりである。しかし、外国人は有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入国してはならない旨定めた出入国管理令第三条の規定は直接的にも、また間接的にも右世界宣言第十三条の規定に背反するものでないことは同宣言と出入国管理令第三条の規定を対比し極めて明瞭なるのみならず、前示日本国憲法第二十二条第一項は、日本国内においては何人もすなわち日本人は勿論又適法に日本国に居住する外国人も、公共の福祉に反しない限り、日本国内において居住、移転等の自由を有すべきことを定めたものであり、又同条第二項は日本国民は何人も外国に移転し又は国籍を離脱する自由を有し、この自由は国法を以て制限することができないことを定めたものであると解すべきことは同条の文理上又は精神上毫も疑を容れないところであるから、前掲出入国管理令第三条の規定が日本国憲法第二十二条に反する違憲の法規でないことも容易に了解し得るであろう。なお所論は朝鮮と日本国とは現時正規の手続により出入国をすることはできない状態にあるのでかような状態にある場合朝鮮人の日本への入国につき出入国管理令第三条の手続を履むべきことを要請することは朝鮮人には日本国に渡航することを一切許容しないことに等しいので同条は前掲人権に関する世界宣言第十三条、又び日本国憲法第二十二条の精神に反するというのであるが、およそ、国と国との交通が正常関係でなければ、なおさら外国人の出入国を適正に規正することが必要であることは言うを俟たない。従つて出入国管理令第三条は所論のごとく右世界宣言はもとより日本国憲法第二十二条の精神に背反するものというを得ないので論旨は採用の限りではない。

同控訴趣意第一点の(二)について、

人権に関する世界宣言第十四条第一項に人はすべて、迫害からの避難所を他国において求めまた有する権利を有すると宣言していることは所論のとおりであるが、同条第一項をその第二項と対比すれば同条第一項の趣旨は或国において政治犯人等が迫害を受ける場合その者が他国に避難所を求めこれを求めたときはこれを有する権利を有することを宣言したものであつて外国人がすべて国際法上当然外国に避難し得る権利を定めたものとは解し得られないのみならず、国家は国家間の条約乃至は慣行として許されない場合でない限り国際法上一般原則として外国人の入国を許可すべき義務を負担しないのであるから、朝鮮が動乱状態にあり、同国民が国外に避難を求めなければならない状態にあると否とを問わず朝鮮との間に条約もない日本国は一般朝鮮人を入国せねばならぬ何等の義務がないものといわなければならない。従つて出入国管理令第三条は国際信義に反するものというを得ないし、又同条が違憲でないことは既に前点に判断したとおりであるから同条が国際信義乃至は憲法の精神に反するものとする論旨も採用しがたい。

同控訴趣意第二点及び被告人の控訴趣意について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢、境遇、並びに犯罪の情状及び犯罪後の情況等を考究し、なお、所論の情状を参酌しても、原判決の刑の量定はまことに相当であつて、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

そこで刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、なお刑法第二十一条に則り当審における未決勾留日数中四十日を原判決の被告人の刑に算入することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 藤井亮 裁判官 吉田信孝)

弁護人の控訴趣意

第一点、出入国管理令が、外国人が朝鮮から日本に渡航してくるのを制限しているのは違法である。

(一)、人権に関する世界宣言(一九五八年十二月十日)は、第十三条において、人はすべて自国を含むいずれの国をも立ち去る権利及び自国に帰る権利を有すると宣言している。これは日本の国内法ではない。しかし国際連合によつて、すべての国とすべての国とが達成すべき共通の基準(前文)と呼ばれているくらいで、世界各国の準拠すべき普遍的な原則の一つというべきである。政治道徳の法則は普遍的なものであるとし、平和を維持し専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め、国際社会において名誉ある地位を占めたいと宣言した日本国憲法を最高法規としているわが国も、人権に関する世界宣言の精神に拘束されるのは当然である。だからして日本国憲法も何人も公共の福祉に反しないかぎり居住移転及び職業選択の自由を有するとし、何人も外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されないと規定している。(二十二条)出入国管理令第三条は、外国人は有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入国してはならないとしている。この規定そのものは、平常の状態においては基本的人権を不当に制限することにはならないだろう。平常の状態においては、というのは、正規の手続さえ踏んだら本邦に入国できる道が開けているなりという意味である。ところが日本と朝鮮の間には正常な手続で交通する方法は、不可能といつてよいくらい閉ざされている。以前からあらゆる意味で関係の深かつた両国の間は、政治的な考慮から自由な交通ができなくなつている。それにもかかわらず、両国交通の必要性の深いことは、ほんの一例として表われたこの事件が、何よりも雄弁に物語つている。正規な手続をふむ通交の道が開いていてこそ、出入国管理令第三条も是認されようが、正規な通交の道が実質上閉ざされているのに、そのままこの規定を適用するということは、朝鮮人には日本に渡航することを一切許さないというに等しい。これは前掲人権に関する世界宣言第十三条、日本国憲法第二十二条の精神に違反するものである。これは出入国管理令第三条を違法に適用したもので、原判決は破棄さるべきである。

(二)、人権に関する世界宣言第十四条第一項は、人はすべて迫害からの避難所を他国において求めまたは有する権利を有すると宣言している。これもわが国において尊重さるべきことは、前段に述べたのと同様である。

朝鮮は第二次大戦後最大の戦乱地となつた。善良な市民が戦乱の朝鮮から、平和な隣国に避難してくることは当然予想される。このような権利を、人権宣言第十四条は保障しているのである。朝鮮戦乱とそれによる荒廃貧窮から逃れてきた被告人は、まさに迫害からの避難所を日本に求めてきたものである。被告人はこのような避難権をもつているし、日本国はこのような避難民を保護すべき国際的な責務がある。したがつて被告人が本邦に入国してきたのは、国際法上認められている当然の権利行使にすぎず、刑事犯人として処罰さるべきものではない。それにもかかわらず被告人に有罪の判決を言渡した原判決は、国際信義に違反し、憲法の精神を無視した、出入国管理令第三条を違法に適用したものというべきであろう。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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